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| エコロジーと住宅 |
32.私が考えるエコロジーとは(2) |
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| 家の目的とは何?モンゴル地方の狩猟民族は、移動が簡単なゲルが今でも主流になっています。日本は農耕民族で移動は必要なく、同じ場所に定住する“家”が進化しました。 |
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| A.安心と安全、団らんのある場所を“家”という |
| シェルターとして生まれた“家”はより頑丈になり、より雨漏りしにくくなりました。そして、シェルターの機能をある程度満たすと利便性を求めるようになっていきました。家の外、若しくは別棟だった水周りを家の中に備えることで使いやすくなりました。そして、硝子・鉄・コンクリートという近代を代表する材料が使われ始めました。最近では、断熱材・ペアガラスの普及により明るく暖かい家がつくられるようになり、少しづつ生活にゆとりができました。その結果、家族の団らんが生まれ“家”はコミュニケーションの場となっていきました。安心と安全、団らんのある場所こそ“家”といえます。このいう“家”で子供が育てば暴力の問題も減るはず、また、閉じこもる場所をわざわざ造って悩んでいる“家も少なくないように感じます。 |
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| B.「むかしの家」と「いまの家」 |
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明治・大正・昭和(戦前)までの100年前ぐらいの家は、「三世代もつ家」がほとんどでした。だから、自分で家を建てる人は三世代のうち1人でした。経済的にゆとりがなかったかもしれませんが・・・今のように住宅ローンなどもちろんありませんでしたから、自己資金で家を建てるほかありませんでした。今の住宅はどうでしょうか?戦後建てた住宅の平均寿命は26年といわれ、使い捨て住宅になっています。「使い捨て」という言葉は、時代が進むにつれ多くなりました。品物が使い捨てと言われる前から、住宅は使い捨てになっていたのです。住宅は財産で、使い捨てするべきものではないと思います。使い捨ての住宅を建てる場合と三代もつ住宅を建てる場合では心構えが全く違います。三代もつ家を建てる場合、長年における生活の変化に対応できる家でないといけない。ですが、三代もたせるのに何も手を加えずにいられる訳ではなく、2回ぐらいのリフォームは必要かもしれません。そのリフォームに対応できる間取りが必要になります。どんな家にしたいのか?どんな家族構成の変化が予想されるのか?など・・・家族構成の変化についてはかなり難しい問題ですが、時間をかけてゆっくり話し合う必要があります。昔はその相談相手が大工の棟梁でした。棟梁はその家族のことを良く知っていて、家にまつわることを一手に引き受けていました。だから的確な答えを出すことができたのです。信頼関係があり、契約などしなくてもトラブルことはありませんでした。木材の調達は時間がかかり設計が出来上がる前に準備に入っていたそうです。 |
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| C.昔の家は身近な材料だけでつくられていた |
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昔の家は当然ながら自然素材から造られていました。木・土・紙で間に合わせていました。それも近くの山から取れるものがほとんどでした。太い大黒柱や曲がりくねった大きな梁は、けして良い木ではなく欅や栗の広葉樹を使っていました。くるいやねじれが生じやすい扱いにくい材木でした。しかし、長い間自然に乾燥させ辛抱強く待って使っていたそうです。太さや長さがいろいろで、設計に合わせるというより木材に合わせて家を造ったと言えます。こうした材料の組み合わせを考えることを「算段」といい、この算段の善し悪しが棟梁の腕でもありました。 |
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| D.昔の家は工事費が明解でした |
| 家づくりの中心は棟梁でした。棟梁の役割は、現在で例えると設計事務所から現場監督まで幅広いものでした。家づくりの管理は棟梁が全て行っていましたが、お金の流れは違うケースが多かったようです。棟梁と建て主が相談し、その工事の善し悪しを自分で確認し、納得してから支払っていたようです。それならば、トラブルが起きにくい!昔は大工、左官工、塗装工、屋根工、建具工、タタミ工、給排水工、電気工、基礎工ぐらいで職種も少なく管理が楽だったこともあるかもしれません。単価を水増しすることはなく、欲しい経費はそのまま表し隠し事のない見積でした。現在は、材料・工法ともに昔と比較できないぐらい増えました。これにしたがい業種数も増え、監理する工務店が把握出来ないほどになりました。諸経費は工務店にとって多かれ少なかれ必要なはずです。建て主にとっては不必要な項目に見えるらしく、「サービスして」と言われると困るから単価に経費分を上乗せしてしまう。上乗せしてしまうと高くなり悪循環の繰り返しになってしまいます。昔のように明朗会計にするには、建て主・工務店、双方の努力が必要ではないでしょうか。 |
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| E.昔の家はみんなでつくった |
| 昔の家は名工だけで造ったわけではありません。大工、左官工は高い専門技能を持っていましたが、その他の部分は一般の素人でもできました。昔の家づくりは多くの労力が必要で、さほど難しくないものは農作業の合間に近所の住民が手伝っていました。例えば、土壁の荒壁付は左官屋さんが指導すると素人でもできる仕事です。昔の家が長持ちした理由には、建て主が工事へ参加することにより、より愛着心が強くなることも大きな要因の一つといえます。また、労力の貸し借りが当たり前でこのことにより近所付き合いも良くなります。最近でも建て主ができる作業はたくさんあります、休日に合わせてもらえればの話になりますが・・・例えば、ケイソウド塗・植物油塗・断熱材の充填などは素人でも出来る作業です。建て主が工事に参加することにより、家に対する愛着心は増すものではないでしょうか。 |
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