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| エコロジーと住宅 |
33.私が考えるエコロジーとは(3) |
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| シックハウス問題等で昔の住宅の考え方を取り入れようとする働きが出てきています。昔の家づくりとはどのようなコンセプトだったのでしょう? |
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| A.昔の家には創意と工夫が満ちていました |
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昔の家は柱・梁を表している家が多くありました。製材機械の技術が発達していないため丸太をそのまま使用したり、側面のみ落した太鼓梁がほとんどでした。製材機械の発達の遅れが大工さんの腕の見せどころになりました。丸い梁と柱の仕口・継手(接合部)を造るには高度な技術が必要でした。在来工法という昔から伝わる優れた技術の中でも仕口・継手は代表的な部分と言えるでしょう。現在、プレカットが主流となり昔からの仕口・継手が減っていますが、見掛りの部分にはまだまだ採用しにくいものです。太く曲がった梁は構造体でありながら、意匠面でも重要なアクセントになりました。曲がり具合、節のバランスは図面では表しきれず棟梁の腕の見せ場でした。そして、柱・梁が組まれると左官工により壁が造られました。表れる柱・梁としっくいの壁は抜群の相性となります。この柱・梁が表れる壁を真壁と言い、日本独自のディテールとなりました。昔は竹小舞を組みわらを入れた荒壁を塗り、何度も塗り重ねました。結果、厚い塗壁はコンクリートと同等の蓄熱力を持ちました。土蔵が「夏涼しく、冬暖かい」という効果がでました。 |
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| B.昔の家は“隠しごと”がない |
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しっかり組まれた柱や梁と分厚い壁が出来て構造体はほぼ完成です。しかし、下地の見える部分も多い状態でした。「見える」ということは、「手抜き工事が出来ない、傷み具合がわかる」ということでもあり“隠しごと”を出来ませんでした。その隠しごとが出来ないため時間をかけてじっくり造ることが施工側に求められ、入居する施主側は見えるため原因不明のトラブルに苦しむことが少なくて済んだのです。今の家を造ると“隠しごと”をなくすることは不可能です。床・壁・天井には断熱材が充填され、電線等が入り込んでいます。下地を見せることは出来ません。昭和40年以降の住宅は、中途半端な断熱気密により見えない部分の結露に悩み、短命となり建替えされた件数も多くあります。暖かい家を造るには、しっかりとした断熱と気密の技術で壁内を乾燥した状態に保つことが重要です。昔は見えるから安心の家づくりでしたが、今は見えなくても安心の家づくりに変わってきました。 |
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| C.安心、安全を実感できる家づくり |
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“隠しごと”のない昔の家は、施主が工事状況を把握しているのでトラブルが起きたとしても原因を想像できました。トラブルが起きた時に原因がわからないと施主は不安になるものです。今は、工事状況を把握していても工事過程がたくさんありすぎて原因が想像つきにくくて、何か起こると業者に電話を入れるほかありません。原因がなかなかわからない=なかなか直らない、と悪循環になってしまいます。例えば、「雨漏りなのか結露なのかわからない」や「配管が複雑すぎてどこから漏れているかわからない」等トラブルは絶えません。施主が安心して生活できる家と隠しごとのないスケルトンな住宅では無理があると思います。しかし、施主は頭の中に下地の状況が浮かぶようにチェックしておくことで、心にゆとりが生まれるのではないでしょうか。 |
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| D.昔の家は自然と共存していました |
| 今のように優れた外装材がなかった昔は、まともに自然に対抗する建て方をしていませんでした。自然の驚異から身を守り、時には自然の恩恵を受けていました。雨に対して深い軒で壁を守り、夏の日射に対し直接の侵入を遮りました。昔から「軒の出」の寸法は正確に計算されていたのではないでしょうか。南側に縁側を設け夏は高い太陽光を遮り、冬は低い太陽光を部屋の奥まで取り込んでいました。縁側は外と内の中間的な場所でいて、自然の太陽の力を取り入れたり逃したりする役割をしていて昔の人の知恵でした。これはパッシブソーラーの原点ともいえるでしょう。 |
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